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【漫画家】西原理恵子VS娘の関係2022最新版『非公開ブログの内容』

西原理恵子さんの代表作『毎日かあさん』は小泉今日子さんが当時元旦那さんの永瀬正敏さんとの共演で、より現実的な雰囲気で映画化もされました。

『毎日かあさん』でも『ぴよ美』として登場していた西原理恵子さんの娘さんで、舞台女優の鴨志田ひよさんがブログで母への悲痛な胸の内を語っています。

18歳で実家を出て一人暮らしを始めた鴨志田ひよさんのブログの内容と、西原理恵子さんと鴨志田ひよさんの生い立ちの共通点を見て行きたいと思います。

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鴨志田ひよさんのブログの内容

鴨志田ひなさんは「はてなブログ」でブログを投稿されていますが、以下のブログは話題になってしまったことから現在非公開になっています。

家庭の方では、ハロスクール、の時に、無断で私の本名、仕事歴、外見、精神病をコンテンツとして扱い親が大儲けしていた。リストカットのことは書かれていなかった。 この頃初めて精神科に行った、家庭環境を聞かれると直ぐに児童相談所に連絡しますと言われた。
私はそんなことされたら殺されると思い、泣きながらやめてくれと懇願し、(薬の名前)をもらって帰った。

そっから私はさらに表に出ることをやめてバイトと趣味に専念してなんだか無理矢理楽しい高校生にしてた。でもこの期間の趣味たちには本当に救われた、音楽だった。

また違う自分の目線も生まれれば、家の中にいる時耳栓をするんじゃなくて、好きな曲を大きな音で聞くことでどうにか過ごせるようになったし。部屋にポスターを貼って、猫と過ごしていたら、そこはもう、私たちだけの世界だった。

鴨志田ひなさんのブログより
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ある日のことだった、理解ある彼くん、でもないし、分かり合えてる訳でもないし、正反対で、
永遠とぶつかってはつながる、そんな恋人、つまりめちゃくちゃ健全な人とデートする約束があった。

私は基本的に洗面台を長時間使うことを許されてはいないが、兄は許されている、というか実家(と言いたく無いけど)の洗面所と風呂場はガラス張りでスケスケで、洗面所を使う=風呂場が丸見えということなのだ。

私は用事があるので洗面所を使いたかった。〜中略〜

家に帰るとお母さんが怒っていた。大学生がJKと風呂の長さで喧嘩してお母さんにチクっていた。うける。
そんなこと言っちゃいけないのよと言われたので「今度から思っていることは言わないようにします」と言って部屋に戻った。

〜中略〜

おじさんは「なんでおいちゃんがここに来ちゅうかわかっちょると思うけど、おかあさんの考えでひよは、これから一人暮らしをすることになったら、家族のありがたみがわかるはずや」といった

「私にあばずれ、クソ女、ヤリ○ン、ゴミ、そんなふうに言っていたお母さんは私の個人情報をバラした上に私のメンタルを壊して、その個人情報のせいで、無いとd先に変なおじさんが来たり、学校でからかわれたりしたことはなかったことって事でいいんですか?」と伝えた

おじさんの隣に座るおばさんは、ずっと苦しそうな顔をしていた。私と同じような言葉をかけられていたからだろう。反発する私と、反発せずおじさんの横にいることを決めた人生のおばさん。

「そおゆう言葉はコミニュケーションやき、まあ、ね、そおゆうこともあったのも知らんかったがやけどまぁこの家に生まれたからにゃしょうがないことや」

そう言われた

しょうがない

うける

うける

脳が何が正しいのかわからなくなり解離して私が私をみているのがまじまじとわかった。

何も解決しない会話があった高校3年生の真ん中だった

鴨志田ひなさんのブログより
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目次

いつ頃からすれ違ったのか?

西原理恵子が娘さんと不仲を拗らせている
西原理恵子さんのブログより

中学生になった、ひなさんが体育大会に来て欲しいというので、西原さんが渋々出かけたという投稿がありました。

中学校の体育大会。親は喜んでいくと思います。いろんなスタイルで働いてる親が沢山いて、

たとえ日曜日でも仕事の都合をつけないといけない人も多く、それでも子供の成長を見にいくのは楽しみです。

西原さんも照れ隠しの投稿だと思うのですが、仕事柄なのか?元々の性格なのか?

それでもこの頃、ひよさんは、「(体育祭が終わったら)お母さん一緒に帰ろうね」と、お母さんが大好きだったように思います。


一方、西原さんのブログの投稿では外で楽しむ光景が多々見受けられます。もちろん高須クリニックの高須先生との外食やお出かけの様子も。

その間お子様たちはお留守番の様子です。西原さんのお兄様たちが見守っていたのでしょうか?

忙しい母の姿に寂しさもあったと想像できます。

西原理恵さんと娘さんの不仲が拗れていた
ひなさんのおじさん(西原さんのブログより)

子供の頃からバレエなどに興味を持ち、ビヨンセにハマった鴨志田ひなさんは、自分で朝ごはんを作ったりする様子も母の西原理恵子さんが嬉しそうに投稿しています。

中学校の体育祭以降、元々頻度が多くなかったひなさんに関する投稿は少なめです。

そして西原理恵子さんのブログは2018年8月に更新が止まり、2020年には3件の投稿で更新が止まっています。

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西原理恵さんの生い立ち

西原理恵子が娘さんと不仲を拗らせている

西原理恵子さんは、1964年11月1日高知県で生まれます。

実父がアルコール依存症だったため、母の元で育ち、実父は理恵子さんが3歳の時に他界するまであったことも無いそうです。

その後理恵子さんが7歳の時お母様は実業家と再婚しますが、この義父はギャンブル依存症・・・

西原さんが紆余曲折の末、美大を受験することになった前日に義父は多額の借金を残して自らの命を経ってしまいます。

また、西原さん自身も破天荒で、飲酒で高校を退学、大検をとり、武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科に通いながら、

居酒屋やミニスカパブなどでアルバイトをしながら、働かない彼氏を養ったり、なかなか破天荒で大変な学生生活を送ったようです。

そんな中、雑誌のカットが小学館編集者八巻和弘の目に留まり、1988年『ちくろ幼稚園』(ヤングサンデー)でデビューします。

これをきっかけにギャンブル系の雑誌に連載を持ち出した西原さんは普通にギャンブルにハマっていきます。

ギャンブルでの負債額はなんと5000万円・・・・根っからの破天荒気質なんですね。

その後『鳥頭紀行』の取材でタイに向かう西原さんのカメラアシスタントとして鴨志田譲さんが同校します。

その後ゴールイン。一男一女をもうけます。

残念ながら、幸せは長く続かず、鴨志田さんのアルコール依存症とDVを原因に2003年離婚。この時ひよさんは3さい。

その後、2006年8月ごろ、事実婚という形で復縁するも、2007年3月に鴨志田氏は腎臓癌で帰らぬ人となってしまいます。

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幼少期に父親を亡くしていたり、子供の頃からアルコールに浸る大人を見ていたり、なんだか、ひなさんの人生は西原さんの人生とリンクしてる気がします。

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親子のすれ違い

鴨志田ひなさんのこの投稿は、グラハム子さんの『親に整形させられた私が母になる』の出版に反応したもののようです。

奇しくも西原さんの現在の事実婚のお相手は日本を代表する美容整形外科医の高須克弥院長・・・

もともと歯に絹着せぬ印象の西原さん。加えて気が強いとされる土佐女(土佐の女性がみんな気が強いわけではありませんが)

子供さんも同じ気性とはならなかったのでしょう、西原さんにしたら、何気なく普通と思って放った言葉にかなり傷ついたのでしょうね。



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