【悲惨】山上徹也容疑者【生い立ち】母親の1億越えの献金の詳細と内訳 | プレTALK

山上徹也容疑者による、安倍元首相襲撃事件からもうすぐ1週間が経とうとしています。(2022年7月14日現在)山上容疑者の母親が宗教団体にのめり込み、「家庭がぐちゃぐちゃになった」との供述を受け、過去に合同結婚式や、高額な壺や印鑑の販売などで、話題になった統一教会が記者会見を開くなど、恐ろしいほどの大騒ぎです。そんな中、山上容疑者の母親も現在事情聴取を受けているそうですが、ここまでの事態に発展してなお、洗脳は解けないのでしょうか?

ここでは山上容疑者の母親が支払った献金の詳細を時系列でまとめてみました。

山上容疑者4歳の頃、父親が自死

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1984年山上容疑者が4歳の時に、トンネル工事の現場監督をしていた父が自死してしまいます。その3年前に山上容疑者の祖母にあたる母親の実母が、亡くなったそうです。大切な人を亡くして、宗教に身を寄せる話は少なからず耳にしますが、山上容疑者の母親は、心の拠り所を間違えてしまったようですね。その時、父親が入っていて家族に支払われた生命保険金は、5000万円だったそうです。山上容疑者と兄、そして当時お腹にいた山上容疑者の妹と残された家族のための生命保険は、この頃、想像では心が折れかけていたであろう山上容疑者の母が、救いを求めた統一教会にあっさり投じてしまったようです。

背景には、山上容疑者の母親は実家も裕福で、お金に困ったことが無いと言うこともあるような気がします。

家族関係

山上容疑者一家には、大黒柱を亡くして尚、経済的に援助してくれる方々が周りにいました。

自死した山上容疑者の父親の兄(山上容疑者から見て伯父)父親の死後、9年間毎月5万円ほどを援助

宗教団体につぎ込んでいることを知り、援助をやめるものの金の無心が続き、山上容疑者のことは気にかけていた。

山上容疑者の母親の実父(山上容疑者から見て祖父)奈良県で建設会社を営む。

未亡人になった娘のために、お金の工面をして生活を援助していたつもり。

娘に土地や建設会社事務所なども勝手に売却されてしまう。1998年10月に他界

他界後、建設会社ハウ甘噛み容疑者の母親が受け継いでいますが、7年で廃業

山上容疑者の母親の妹(山上容疑者から見て伯母)姉からの金の無心で疎遠に

取り戻した5000万円

2009年には見かねた叔父が、統一教会に何度も献金の内容を証明してほしいなどと掛け合い、結果解決金という形で、山上容疑者家族の元に5000万円を取り戻しました。そのお金を叔父が大金を預かっておくわけにも行かないと、山上容疑者の母親に渡してしまったそうです。お金を受け取った山上容疑者の母親は結局、教会に返してしまったそうです。教会は否定しているそうですが、1回にではなくとも教会側に吸収されたでしょうね。伯父にすれば、本来残された幼い甥や姪のために必死になったのに、義理の妹がそこまでおかしなことになってるとは到底理解できなかったと思われます。

どうしても生活を省みることが出来ない母親。

次男の山上容疑者が経済的な理由で進学できなかったことも、

お金のせいではなく、信心が足りないと思い込んでいたのでしょうね。

長男を連れて韓国へ

小学生の頃、小児がんを患い片目の視力を失っていた山上容疑者の兄を連れて、『40日間修練』と言うものを受けさせる為に韓国へ出向いたそうです。山上容疑者の兄は、頭蓋骨を開けての大手術と、抗がん剤治療なども受けていたらしく、当時のその医療費も大金だったと思われます。その治療後に、目が見えるようになるとでも思ったのか、病の子を持つ母親の心情は否定できません。「藁をもすがる思い」だったのかもしれませんが、その修練の内容は分かりませんが、医療費より高額だったであろうことは容易に想像できます。山上容疑者の母親は、この修練以外にも、信仰のために度々韓国へ訪れていたそうです。韓国への旅費なんて、献金の金額に比べたら小銭のようなものだったのかもしれません。

総額1億円の献金内訳

1985年ごろ、受け取った生命保険金を2回に分けて献金  5000万円『先祖解怨式』1回70万円×4回 280万円『40日間修練』  金額不明毎月、叔父が支援していたお金のほとんど(5万円×12ヶ月×9年)540万円以上祖父が購入した土地を勝手に売却(使い道は不明なので献金したと思われる)2000万円祖父の死後、建設会社を受け継ぐ。収益不明。生活費も寄付に回るくらいなので、経営も考えられないでしょうし、収益のほとんどは寄付に使った可能性もあり、7年で廃業。建設事務所売却 (使い道が不明なので献金したと思われる)2000万円

入信が悪いこととは言いません。お金があれば幸せとも思いませんが、何もなければ優秀な息子がいて、普通より裕福な家庭だったと思われます。

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