もし自分が双子だったら・・・そんなことを考えたことがある人も少なくないかもしれません。双子というだけでなんだか神秘的な存在。
そんな双子が出生する時、体の一部がくっついた状態、結合双生児で出生する確率は0,0005%〜0,002%なんだとか。
今回は『ワールド極限ミステリー』で久々にベトナムで結合双生児として生まれ、1988年に日本で分離手術をうけたドクさん(現在42歳)が取り上げられますので、日本では一番有名なベトちゃんドクちゃんの生い立ちを中心に、日本にも存在する結合双生児の私生活の謎について見ていきたいと思います。
1981年2月25日 ベトナム中部のコントゥム省で産声を上げた一組の双子の男の子兄 グエン・ベト弟 グエン・ドク
兄弟は上半身が2つありましたが、下半身が1人分しかありませんでした。
2人が生まれた背景にはベトナム戦争があります。
ベトナム戦争・1964年8月2日〜1975年4月30日
ベトちゃんドクちゃんが生まれた地区はベトナム戦争の際に枯葉剤が大量散布された地域。終戦後、コントゥム省へ移住してきた彼らの母のフエさんはそこで農業を行い、普段から井戸水を飲料水としていました。
この事が、2人が結合して生まれることになった要因だと言われています。
出典・https://www.sbrain.co.jp/keyperson/K-18559.htm
生まれて間も無く、2人はコントム病院に預けられます。その後両親は離婚。ベトナムの田舎町で結合双生児を出産し、離婚。それは育児放棄や無責任という言葉では片付けられない苦渋の選択だったことはように想像できます。
両親が産後2人を手放した理由は諸説あります。
母親は死産を告げられて子供の顔を見る事がなかった。
父親がベトナム戦争に出兵した過去があり天罰だと噂されたなど・・・
ベト
ちゃんドクちゃんは、その名前も両親に授かったものではありませんでした。2人は1歳の時にコントム病院からハノイ市にあるベトドク病院(東ドイツ友好病院)へ転院し、
その病院名から名付けられました。
ベトちゃんドクちゃんが3歳になった頃、その存在が日本のメディアで取り上げられると、そのショッキングな姿に瞬く間に有名になりました。日本ではベトちゃんドクちゃんを支援したいと言う声も続々上がります。そんな中、1986年に兄のベトちゃんが急性脳症を発症し日本へ緊急移送されます。
ベトちゃんはこの手術で後遺症が残ってしまいます。
2人を出産後、離婚し行方知れずだった母親のフエさんは、7歳になったベトちゃんドクちゃんと会っています。当時、結合双生児を出産したフエさんにどんな事情があったかの記述は見当たりませんでしたが、常に2人のことを気にかけていた可能性が高いですね。兄のベトちゃんの容態が悪いことを聞き、心配になって駆けつけたのかも知れません。
母との再会を果たし安心したのか、兄のベトちゃんはこの後意識不明の渋滞に陥ってしまいます。
ベトちゃんの重篤化に伴い、弟のドクちゃんにも危険が及ぶことになることを避けるため、1988年の10月にホーチミン市立トゥーズー病院にて分離手術が行われることになりました。この手術には日本からも4人の医師団が派遣されています。上半身は2人。下半身は1人の体は、左足をベトちゃんに、右足をドクちゃんに。
この手術は17時間にも及んだそうです。
分離後、弟のドクちゃんは快方に向かい学校へ通う事ができました。一方、兄のベトちゃんは脳に障害が残り、寝たきりの状態が続きました。兄の分も頑張って生きることを選んだドクちゃんはその後トゥーズー病院の事務員として働きながらボランティア活動も懸命にこなします。
兄のベトちゃんは、2007年に肺炎と腎不全を併発し26歳でその生涯を終えています。
出典・Facebook
写真は2013年のものになります。兄が亡くなる1年前の2006年。ドクちゃんと同じくボランティア活動に参加していたグエン・ティ・タイン・テュエンさんと結婚。2009年10月25日に男女の双子を授かりました。双子って遺伝子なんでしょうか・・・不思議ですね。双子の男女はそれぞれ日本にちなんだ名前をつけられています。男の子は富士山にちなみ、グエン・フー・シー女の子は桜にちなみ、グエン・アイン・ダオ
ドクさんの(父になったので敬称変更)親日家ぶりが伺えますね。
家族と共にホーチミン市で生活するドクさんは、2019年には和食レストランを開業しますが体調が伴わず1ヶ月ほどで閉店しています。
それでもコロナ禍には日本へ大量のマスクを寄付するなど、自らの人生に大きな影響を与えた日本のことを常に気にかけてる様子ですね。
ちなみにコロナには2回も感染してしまったそうです・・・
https://tezukaosamu.net/jp/character/601.html
ピノコの場合はファンタジーですが。日本にも長嶺姉妹という結合双生児がいました。
生後まもなく分離手術をされていますし、実際のお写真などは見当たりません。
長嶺姉妹の場合、結合部分は肝臓のみでそれ以外は完全に独立していたので、比較的結合の度合いが軽度だったので分離手術が検討されていました。それもあって、生後2カ月後に分離手術を行い無事成功して2週間で退院しました。
mama joy.net
人間の個性と同じように、結合双生児の結合部分もさまざまです。日本では長嶺姉妹以外には結合双生児に情報は見当たりませんでした。2つの存在が常にくっついている・・・プライベートはどうなってるの?時になるところですよね。
結合双生児の私生活について面白い記述がありました。
片方がプライベートについて友人と話している時、もう片方はその精神がまるでそこに存在しないようになるんだそうです。
全ての結合双生児にいえることではないかも知れませんが、不思議な現象ですね。
error: Content is protected !!